北海道の物流現場への潜入、その雑感⑹

[自動化できる余地は膨大にある。しかし、費用対効果を考えれば…]

先に述べた通り、物流現場は極めて労働集約型の職場であり、膨大なアナログな作業の集積とも言える。したがって、物流機器やシステムを導入することで、作業人員を減らしたり、作業効率や正確性を高める余地は非常に膨大にある。

しかし、アナログ作業でも、少人数かつ間違いが起こりにくい簡単な作業手順で現場が回っている場合においては、システムや自動化設備に投資をしても、これをどれくらいの期間で回収できるかは、また、「費用に引き合う効果があるのか」は考える余地がある。新たな機器やシステムを導入した瞬間から劇的に生産性が向上し、「見違えるほどよくなった」というのなら良いが、恐らくそういった設備等は非常に高価だろう。長期間の運用で「元が取れる」ようになったとしても、その頃にはシステムや設備が陳腐化している可能性も考えなければならない。従って、先進的な機器やシステム導入による生産性向上の取り組みは、その導入や運用にかかるコストを勘案すれば、どの現場でも「すぐに着手できるものではない」ことはもちろん、常に「諸手を挙げて歓迎できる」というわけではない印象だった。圧倒的に生産性が上がる試算があったとしても、導入に伴うイニシャルコスト・ランニングコストと見合いにして考えれば、「自動化を進めることは正義だ」「物流DXに向けて常に取り組まなければならない」とは直ちには言い切れない。

色々な制約がある中でも、先進的なシステムを導入していたある現場では、このシステムに係るオペレーションが複雑で、扱いを習熟していない人材では、間違いのない作業手順を把握するのに時間がかかっていた印象だった。これはオリコンを作るためのシステムだったが、複数のハンディを使用し、数カ所を複数回のスキャンを行う手順だった。この際、スキャンするハンディを間違えたり、スキャンする順番や箇所を誤るということが多々あり、「習熟するまで結構なミスを余儀無くされる」システムではないか感じた。

一方、同じくハンディを活用してピッキングし、オリコンを仕立てるという別の現場では、1つの端末で1つの商品を1回だけスキャンするというシンプルな手順であり、このオリコンを作る両方の作業を比較すると、1時間に作ったオリコンの数は、十数個程度とそれほど大きく変わらず、現場の感覚としては、「手順が難しくても、簡単でも、生産性がどれほど異なるのか」があまりよく分からなかった。マクロで見ると先進的なシステムを導入した場合の方が、「間違いが少ない」「生産性が高い」ということはあるだろうが、それが「一見にしてわかる」という違いは感じられなかった。

また、検品を効率化するための特殊なシステムを導入している現場もあったが、これも普通のハンディを使ってひとつひとつスキャンをして検品する他の現場と比べ、「正確性や生産性にそれほど違いがある」ようにはあまり感じなかった。

また、膨大にあるセンターの作業の一部を切り出し、システム等を活用してそこを効率化したとしても、その前後の工程まで連動して効率化されるか、サプライチェーン全体として効率化に繋がるか、といった検討も当然重要だ。様々な現場で、「ある工程はスムーズに進捗」しているが、その後の工程で「作業が詰まってしまう」というケースは多く目にしてきた。

物流機器やシステムの進化は日進月歩であり、多くのメーカーやベンダーが創意工夫を積み重ねてユーザーの生産性を高める製品を開発している。例えば自動搬送機や無人フォークリフトは多くの現場で活用されるようになっている。また、「1人が扱うカートで複数のオリコンをつくり、生産性を高める」「計量器内蔵のピッキングカートにより出荷検品を不要にする」といった製品もどんどん市場に投入されている。長期的なトレンドとしては、こういった物流現場での省人・無人に向けた機器やシステムが普及していくことは間違いない。しかし、そのための費用を工面できる現場、最新機器の導入に意欲的な現場は、当面の間は「極めて限られる」というのが現状のようだった。

[現場のルールはそれぞれ。徹底が厳格なケースは少ない]

現場によって温度差はあるが、経営層若しくは現場管理者が定めた「現場のルール」は、「あまり徹底されていない」ことを多く目にした。

例えば、ある現場では、あるマテハン機器を扱う際、「一人では行わないように」とのルールがあり、現場のあちこちにその旨を知らせる「貼り紙」が掲示されていたが、現場でこれを遵守している人はそれほど多くはなく、多く見積もっても「半数程度」といったところだった。この機器は、一人で扱えないものではなく、他の現場でこのようなルールを敷いているところはなかった。確かに複数人で扱うと「負担や危険は減る」ものの、近くの人にその都度声掛けをしたり、近くに誰もいない場合は協力してくれる人を探さなければならないなど、「作業効率が落ちる」ことにつながるルールであるとも言えた。
結果、現場管理者がいる前でだけ一人では扱わないようにしたり、いたとしても「注意をされない管理者」の前でなら、構わずに一人で扱うというシーンが多くあった。正社員である現場管理者もこのルールを破っていることも珍しくはなかった。

このようにあちこちで「ルールを守ったり、守らなかったり」という光景を目にすれば、現場で働く多くの人は「必ずしも守らなくてもいい」と理解し、「安全面を考えるとルールの意味はわかるが、毎回そのようにするのは面倒」という空気が醸成され、ルールが形骸化されていく恐れがある。

フォークリフトに関する対応も現場によって様々だった。
物流現場においてフォークリフトは、重大事故につながる可能性が高い危険な機器と言えるが、安全面を重視した厳しいルールを定めている現場はそれほど多くはなかった印象だ。
安全に配慮をしている現場では、「必ずヘルメットと安全靴を着用した作業員が運転をする」「バックの際は指差を行う」「出来るだけ作業員との動線が交わらないレイアウトにする」「フォークが近くを通る際は、作業員は必ず作業を止め、フォークの作業を優先させる」「フォークの後ろを通る際は必ず声掛けをする」いったルールを徹底していた。しかし、フォークマンが「指差」をしている現場は非常に稀なケースといえ、「数え切れないほどバックをする」中でそれを徹底させるのは、ルールの徹底を長期間にわたって指導し続けなければ現場には浸透しない大変なことだと感じた。ちなみに、運転競技大会などで行われる「呼称」まで行っていたところはさすがに一つもなかった。
この一方で、「指差を一切行わない」「フォークリフトと作業員が近接して作業を行う中、各自の判断で何となく安全に気をつける」といった現場は特に珍しくはなく、こちらの方が多数派と言えた。また、「ヘルメットを被らずに運転する」というところもあった。
「フォークが近くで動いているときは必ず作業員の方が止まる」というルールがある現場と、「フォークも作業員も接触しないよう互いに気をつけ、気にしながら作業を進める」という現場では、「事故発生の可能性に違いが出る」のは明らかであり、事故は滅多におこらないにしても、ルールの重要性を再認識できた。

また、物流現場に潜入し始めたのは、コロナ禍の最中であり、現在のように終息する気配が見えない期間が長かった。このため、当時はどの現場においても検温や手指の消毒は必須だった。しかし、食品を扱うある現場では、管理者が「本当ならここで検温してから仕事をしてもらわなければならないが、今回はいいや」とスルーすることもあった。この理由はわからないが、コロナ禍の真っ只中での対応だったため、驚いたことを覚えている。一事が万事とは言い切れないものの、「この現場では、多くの場合にこのようにルールをスルーしている」ことが類推でき、また、他の衛生面の管理についても同様の対応をしているのだろうということも推測ができた。

また、「荷扱いは丁寧に」ということは、どの現場においても基本的なルールだと思っていた。ある現場では、段ボールを引き摺って移動させると、「段ボールも商品なので、なるべく地面につけないで」と注意されたが、一部の現場では、商品によっては段ボールを「投げる」「蹴る」といった荒っぽい荷扱いが行われていた。このような場合、その現場を知り尽くし、商品を扱い慣れており、作業効率に優れている「ベテラン」ほど、その傾向が強かった印象だ。また、荷主側とどのような契約をしているかは不明だが、冷凍品であっても、常温の商品と同じフロアに数時間にわたって置かれていることも目にした。

「現場にスマホの持ち込み禁止」「盗難防止のため退勤時には荷物チェックを行う」といったルールを定めている現場も複数あった。これを厳格に運用するために、現場に出入りする際に必ず「金属探知機でチェック」を行うところがあった一方で、貼り紙などで通知している現場でもあっても「これらのチェックを全く行わない」ところもあった。

そもそも、「この現場では、こういったルールがある」「ルールはあるけど、完全に順守すべきなのか、気をつければいいという程度なのか」などをしっかりと説明をされること自体が多くはなく、「やりながら、まずいところや気をつけなければならないところを指摘され、その都度ルールや、ルールに対する運用を覚えていく」というケースが多かった。
物流現場では、ルールを「体型的に明示する」という風潮があまりなく、「それくらい常識でしょ」「うちではこのやり方でやっている」「上(経営・管理側)はそういうけど実際はね…」というような、「暗黙の了解」の上で何となく成り立っているところが多いように感じた。

こういった点からも、物流現場では「決められたルールを現場の末端まで共有することが難しい」、また、「ルールを伝えてもそれほど徹底されない・場合によってはほぼ無視されていることがある」ようだったが、この大きな原因は、「ルールをしっかりと決めて、示し、定着させるよう指導を繰り返す」ということがおざなりにされているからだと感じた。また、後述する「現場と管理・経営」のコミュニケーションが希薄なことも大きな要因ではないかと感じた。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする