北海道では昨年10月より、企業や団体などに向けた高度なデジタルリスキリングのプログラムが無償で提供されている。組織全体の「デジタルに関する理解を深める」「デジタルスキルを高める」といった目的で、物流業界からもこれを活用しようとする動きが出てきている。
北海道⼤学の総合イノベーション創発機構(D―RED)は、地域における「⼈材全体のデジタルスキルの底上げ」と「デジタル中核⼈材の育成」を⽬指して、「北海道⼤学デジタルリスキリングプログラム(DREP)」を開発し、道内の企業・団体に提供を開始した。
オンライン・オンデマンド研修からスタートし、デジタルの基礎知識を学べるコースから最先端のデータサイエンスを活用して課題解決につなげるコースまで、幅広いメニューを用意。令和10年2月末まで道内企業などはこれらを無償で受講できる。

同大学副学長でD―REDの拠点長を務める長谷山美紀教授は「データサイエンスと物流は相性がいい」と物流企業に受講を勧める。受講は企業・団体単位で受け付けており、事務局と協定書を締結した後、アカウントが作成され、研修サイトから受講ができるようになる。
DREPでは、5つの研修メニューを提供。ステージ1「デジタルリテラシーコース」、ステージ2「データ活⽤演習コース」、ステージ3「AI演習コース」はオンラインで受講する。D―REDの鵜川久特任教授は、「数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアムのカリキュラムに基づいて作成され、デジタルに関して包括的に理解できる。Z世代が⾼校・⼤学で学習する『情報』と同等の内容」と説明。これらを受講することでBI(ビジネス・インテリジェンス)ツールや各種AI(画像分類AI、物体検出AI、セグメンテーションAI、姿勢推定AI、属性認識AI、生成AI)の活用法などが学べる。
修了すると、デジタル中核⼈材の育成に向けたオフラインによるステージ4「地域課題解決コース(1)」「地域課題解決コース(2)」が用意されている。「業務課題をデータサイエンスの導入で解決したい」といった高度なニーズを持つグループに向けて、同大学の大学院生などを派遣し、実践的な解決のサポートを行う。

長谷山教授は「デジタル技術は子ども達でも日常的に使っており、数学や英語の特別な能力は必要ない。リスキリングは敷居が高いと誤解しないでほしい。データが集積する物流とデジタルの親和性は高い。どのようなネットワークで供給するのが最適なのかといった複雑な問題にも取り組める。送る人、受け取る人、運ぶ人、皆が快適に感じられる物流サービスが実現できるよう、デジタルを通じて貢献できれば」と話す。
鵜川特任教授は「メーカーや小売企業などではデジタル化が進んでいるが、これをつなぐ物流の段階で連携が切れるという話も聞く。アナログ作業での検品やその都度伝票を作成するといったことも多く、デジタルの活用によって効率化できる余地も大きいのではないか」としている。
DREPは2月20日現在で58を超える企業・団体が活用、検討中の企業なども29となっている。

物流業界では、北海道物流開発(斉藤博之会長、札幌市西区)が昨年11月から、「北海道⼤学デジタルリスキリングプログラム(DREP)」の受講を開始している。物流業界では同社が初めて。
同社では昨年10月にDREPの開始直後に運営事務局に問い合わせ、11月25日に協定を締結、受講する体制を整えた。 グループ4社の従業員なら希望者は誰でも受講できるが、基本的に幹部や管理者、事務職員などの受講を想定。自主性を重んじて、強制はしていない。
斉藤会長は「DREPを通じて、デジタルリテラシーの底上げを図りたいと考えた。当社では北海道でフィジカルインターネットの構築を目指しており、自社だけではなく多くの物流企業にも活用を勧めている」と話す。
「北海道の物流を最先端のものにしていきたいと考えており、そのためには、物流のみならず、デジタルのリテラシーを高める必要がある。物流は、運賃、時間、積載量、売り上げ・利益などデータの宝庫。こういったデータを方面別、曜日別など様々な視点から分析・活用する能力が備われば、物流企業が取引先に対して『情報を発信する』立場になる。このような能力が今後問われてくる」とする。
同会長は、コロナ禍の時期に大学で情報処理について4年間学び、学位を取得。「物流業は情報処理業」との持論を持ち、道内外の大学生に向けて「物流×デジタル」の相性の良さについて、講義などを通じて発信している。
「子どもがプログラミングをしていても、大人は『ゲームをして遊んでいる』と捉えることもある。デジタルについて、アップデートすべきは大人。学生に『物流とデジタルの両方のスキルがあれば、食いっぱぐれることは無い』と話すと、理解を示すケースが多い」とも話す。
新規事業開発部の佐藤忠部長は「荷主やシステム企業と交渉や協働をする際、デジタルに対する理解が同程度でなければ、『丸投げ』となってしまいかねない。今後、フィジカルインターネットの構築に向けて、システムの開発や連携に広く取り組む必要が出てくるが、DREPは、荷主やシステム企業などと同じ土俵に立って話をする能力を培ういい機会」とし、「非常に勉強になる」と実際に受講した感想を述べている。
また、幸楽輸送(同清田区)もDREPの活用を検討。不動直樹社長は「グループ(北海道コカ・コーラボトリング)として前向きに考えている。電話やファクスでのやり取りが未だに多い業界だが、これらは全てデジタルでの運用ができる。AIを活用した配車システムの構築にも取り組んでおり、これにも活かしたい」としている。
物流業界、とりわけ中小の運送会社は以前から「デジタルに弱い」業界と見られてきた。そういった企業でも「デジタルリスキリング」を今から始めることに、効果はあるのだろうか。
運送業に向けた業務・配車管理システムの開発・販売、導入コンサルティングを手掛けるイクソル(札幌市中央区)の谷川佳士郎社長は「物流は業務の内容や会社規模によって必要なまたは不要なDXがあるかと思う。何が必要で何が必要ではないのかを取捨選択するのは、実際に業務を行っている事業者にしかわからない部分があり、この先、AI活用をはじめ、否応なしにDX化が進むなかで、『必要なものを選択する目』を養い、それを『使いこなせるスキル』があるかで差が生まれる。物流や運送業界に限った話ではなく、また、経営者層に限らず、社員も含めデジタルリスキングは必要だ」と断言。「少なくとも現時点では生成AIを活用し、AIの癖やプロンプトの理解はしておいた方がいい」と話す。
また、「どの業界でもいえることだが、この先急速にAIが進歩した際、人間が考えて行ってきたかなりの部分がAIで出来てしまうようになる。物流業界でいえば、自動配車なども昔からシステムそのものはあるが、この先、人間の作業がほとんどいらなくなるほどに各段に進歩していく。今までソフトウエアは、人間が考える曖昧な要素や定義をシステム化することが苦手だったが、AIを掛け合わせることで、苦手な領域が少なく、または無くなっていくと考えられる。人間のみが出来ていること、人間の経験と勘がないとできないと思い込んでいることが、極めて少なくなる。物流業界でも多少先かもしれないが、全分野・全業務がAI活用の対象になる」と話している。