北海道物流開発(斉藤博之会長、札幌市西区)の井上和男専務は、約4年半をかけて北海道内にある戦死者を慰霊する「忠魂碑」等の数や実態を調査し、昨年11月にそれを取りまとめて「魂 忠魂碑—道内戦没者の慰霊」として出版した。
掲載した碑は522基にものぼり、それぞれ自ら撮影した写真とともに、「所在地」「建立年月日」「建立者」「題字の執筆者」「戦没者」「経緯」「現在の管理」などをわかる範囲で記載した。
道内179の全市町村の碑を掲載したが、自治体等でも把握していないものも多く、道内の忠魂碑に関する書籍・研究として最も網羅され、一次資料としての価値も高い。
2000部作成し、道内自衛隊の各拠点や図書館などに寄贈したほか、一般向けにも販売をしている。書籍の題字は、長年知己の関係にある著名な書家・柏木白光氏に依頼、力強い筆跡で表紙の「魂」の字を書いてもらった。
「最終的かつ、最新の資料と自負している。北海道の忠魂碑などの現状を知ってもらいたい」としている。
井上専務は陸上自衛隊で主にヘリコプターパイロットとして長く勤務、定年退官後、ビールメーカー大手・サッポロビールの北海道本社に入り、戦略営業部専任部長として10年間勤めた。平成28年に北海道物流開発に業務部長として入社、主に社内の管理を担当し、令和元年6月からは専務に就いている。「ロジスティクスの考えはこれまでの経験から身についていたが、物流業界に入ってからは『北海道で物流を維持するのがいかに大変なのか』を改めて認識した。北海道は札幌近郊に経済が集中し、道路網もモノの流れも札幌を中心として放射線状に地域に向かっている。モノの流れは基本的に一方向で、季節波動も大きい。こういった北海道ならではの構造的な物流の課題を解決する基点となるべく注力している」と現在の仕事を説明する。
「パイロットとして死の危険が身近にあった。周りが何も見えない中で飛ぶこともあった。事故や過失により殉職した同僚も少なからずいた」という自衛官時代、隊員が「殉職」のみならず、「戦死」をしてしまう可能性にも考えが及んだ。
「戦後、戦争放棄を貫いてきた中で隊員の戦死はなかったが、自衛の戦争による戦死ということが厳しい国際環境の中で今後ありえないとは思えなかった。不幸にも自衛官が戦闘によって戦死してしまった場合、その栄誉はどのように称えられ、慰霊されるのか」と長く疑問だったという。
退官後、忠魂碑を抱える道内の神社の宮司から「碑の所在や数、管理状況などは、おそらく誰も正確に把握していないのではないか」との話を聞き、自分で調べることにした。
「何から調べていいのかわからない」と暗中模索の状況からスタートしたが、端緒として道立図書館で道内の全市町村史に目を通し、忠魂碑に関係する記述を全て拾った。
この頃、新聞報道で「道内の慰霊碑の数は厚労省の調査によると183にのぼる」という記事を見たが、この時点で既に200以上の碑をリストアップしており、「この違いはどこからくるのか」と更に疑問が膨らみ、調査に対するモチベーションが高まった。
その後、各行政機関や自治体、遺族会や社会福祉協議会、碑の近隣住民などに電話や訪問、ヒアリングを繰り返して調査を続けたほか、地域の郷土資料館や図書館などにも訪問し、リストの数は飛躍的に増えていった。「戦没者を把握していない自治体も多かった」という。
休日や長期休暇などを利用し、リストアップされた碑をくまなく回った。「調べた資料が古く、現地に行くと『あるはずのものがない』『ないはずのものがある』ということもあった。近くの住民に聞いても何も知らないケースが多かった。藪に埋もれているような碑もあった」と調査は難航し、「心がくじけそうになった」こともあったが、粘り強く調べ上げた。
調査開始後3年が過ぎたあたりから「やれそうだ」と手応えを感じた。最後に撮影した北斗市の碑は3回目の訪問でようやく探し当てた。広い北海道での調査となり「私ほど全道の隅々まで回った人間はいないのではないか」と笑う。
こういった調査をするうち、多くのことを知った。碑は在郷軍人会の地域支部などが中心となって管理し、その後、神社や遺族会などに引き継がれ、現在でも地域住民などの手で「しっかり管理されていた」ケースが多かった。
一方で、宗教的な色彩が強い碑の管理に公費の支出がしにくくなる中、人口減少や高齢化の影響も相まって、「管理の曖昧さ」と「今後どのように引き継がれていくか」という点が問題だと感じた。実際に掲載した522基のうち、平成30年の北海道胆振東部地震で3基が倒壊し、これは現在では残っていない。また、碑を管理していた遺族会や神社では高齢化や氏子の減少などにより、今後存続が難しいというケースも目にし、「北海道の高齢化・過疎化の現実を強く感じた」と述べる。また、地域によっては「複数の碑を集約して管理しやすくする」「自治体が宗教的な意味合いの無い追悼式といった形で慰霊を続ける」など、知恵を出している動きも知った。
井上専務は「多くの国民の中で現在、『日本から戦死者が出る』ということはほとんど考えられていないが、不幸にもそのような事態が起きた場合、どのように慰霊をしていくのかが不明確な状況にある。国のために亡くなられた方々を今後も追悼していくため、今後、どのような慰霊のあり方がいいのか、また、国や自治体は碑の維持管理の支援をどのような形でできるのか、広く考えてほしい」と訴えている。