「事故が減ったのはこれだ!?」(下) 行政書士佐々木ひとみ氏連載 

 

この話にはおまけがあって、この営業所にはまだ若い(30代)副所長がいる。
現所長は当時40代半ばだったから、歳の差としてはそんなにすごく離れているとは感じない。物腰のやさしい青年だった。
私は送り迎えをしてもらう途中、彼に聞いてみた。今、営業所内はとてもいい雰囲気だけれどもこれは所長のおかげでもあるよね、でも、所長もいずれ転勤になるとしたら、次はあなたでしょう?あなたは料理を毎日自腹で作るわけにはいかない、だとしたらどうするの?
彼は一生懸命答えてくれた。僕には所長のような技術はないけれども、大手の運送会社にいたときに教わったのはコミュニケーションが大事ということです。だから、ドライバーとはとにかく話をしようと思っています。
あ、そう。とだけ私は答えた。その後、彼は二度ほど私と所長との会食に同席した。その際の様子を見ていて、私はやはり一抹の不安を感じてしまった。なんとなくの勘だったのだけれども。

その数年後、また所長から相談したいと話があった。現在所長はその手腕を買われてあちこちから声がかかり、本社でも別の営業所の立て直しをお願いされているが、なかなかその営業所から離れられないということだ。
なぜなら、ナンバー2が育っていないからだ、と言う。やっぱりと私は思った。

所長曰く、今のナンバー2はドライバーにきちんとした指導ができない、ましてや、寝坊、遅刻、挙句の果てには業務中に休憩室で居眠りをしている、と言うのだ。そんな状態でドライバーが帰ってきたらどうするのか、と所長は心配をする。なんとくなく私も実際に彼を見ていたから納得した。優しすぎるのだ。そして、彼は実際に家庭に問題を抱えていた。
そんな営業所は、せっかく事故0になったのに、継続できず最近またじわじわと増えてきている。安全は放っておくとさびるのだ。

2回目の会食の時、所長は「副所長は今家庭が大変なんですよ」と話していた。あぁ、そうですか、それは大変ですね、と私は答えたが、同席していた副所長の心はここにあらず、という感じに見えた。
半年に一回の訪問だと、その半年間の変化がよく見えるときがある。その後また彼は新たな生活を送ることになるのだが、そこから寝坊遅刻居眠りはひどくなってきたという。私は睡眠時無呼吸症候群はないのか、と聞いた。もちろん、それも検査しました、でもなんでもないのです、と所長がほとほと困った顔で私に言った。「あれでは営業所を任せるのは無理です。」
そのとおりだ。
また今彼はそんな気もないのだろう。仕事も大事だが、プライベートもその人の人生の中では重要なことだろう。しばらくしたらプライベートが少し落ち着いて仕事のことを考えられるのではないか、ある程度落ち着かないといくら話したところで聞きやしないね、と所長と二人で話していた。
プライベートのことを無視して仕事はできない。今では個人のプライベートにあまり干渉することはタブーな時代になったが、会社として仕事に支障をきたすようなことになるのであれば、これは話は別だ。特にこの商売は居眠りはご法度なのだ。

これは一般論だが、付き合う相手を選ばないと、仕事にも支障をきたす。最近では嫁ブロック、親ブロックなどもあり退職する人も多いらしい。せっかく入れても数日、数ヵ月後に退職などざらにあるのだ。所長は相変わらず、そこの営業所を一人で切り盛りしている。
私は今回も所長にも言ったのだが、なんでも一人でできちゃうと後続が育たないよ、任せないと、と。 そうは言っても、人を育てるのは難しい。どんなにいい子でも、途中の環境によって大きく仕事ぶりが変わることはままあるのだ。見続けて、その都度、しっかりと話していかないとどこで変わるかわからない、手を抜けない大事な部分なのだと思う。

私も後輩の行政書士を育てるときに大きな失敗をしている。とてもいい子だったが、一緒に仕事をしているうちに彼女ができた。
当時は常連のお客様が相当数倒産したりして業績が不安定になったこともあり、その子には給料を時々待たせたこともあった。
きっと早く一家の主になりたかったのだろう。独立することを考え、陰でこそこそと準備をし始めた。
私も早く気づけばよかったのだが、その時には、自分で「信頼しているから」などと良い方に解釈しようとして見て見ぬ振りをした。
コミュニケーションがないまま、時が過ぎ、ある日突然、彼は書類を持っていなくなった。
どんなにか、あのとき、きちんと話しておけばよかったと思ったか。
きちんと意思疎通ができてさえいれば、今頃は強力なパートナーとなっていたはずだ。
話すことしか解決策はないのだ。それでもわからなければ、いつかどこかでわかってくれると信じて、手を放すことも致し方ない。

私のような個人事業でも大きくやろうとすると一人では仕事はできない。ましてや組織の中にいるならなおさらだ。
よくいろんな会社を訪問させていただくと、能力の高いと思われる人間がひとりですべて切り盛りしていることがあるが、見ているとヒヤヒヤものだ。
もし、その人が休んだり、いなくなったらどうするのだろうか。バトンタッチができなければいつまでもそのレベルでしか業務は回らない。
ひとりの能力が高くてもダメなのだ。
本当に仕事のできる人は、自分がいなくなってもその組織が動くようになるように人を育てていくということがわかっている人のことをいうのではないだろうか。

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